とこはれ

もうすぐ社会に送り出される大学生をやっています。写真を中心に日々のあれこれを重ねていくブログです。

失われし希望

希望とは言っても政党の方は一切関係ないです。紛らしくてごめんなさい。

今回はかつての自分をだいぶ美化しつつ振り返りたいと思います。

さよならオレンジ

 そういえば、今月3日に環状線から103系が引退したそうですね。あちらの103系とか201系は結構大がかりな改造が施されていて、写真で見る首都圏のそれとは違う形式なんじゃないかと思えるほどの電車でしたが、うまく時代に合っていたというか、あまり古さを感じさせないようになっていた気がします。長いことお疲れ様でした。

 ところで、今日は中央線から201系が消えてちょうど7年目だそうな。その年の6月くらいに一眼レフカメラを手に入れた記憶があります。最後まで残った2編成のうちの先に逝った方は、長野まで追っかけていきました。あの時乗せてくださった方には深く感謝申し上げます。ぼくは撮る方としては全くの駆け出しであったので今からしたら見るに堪えない写真しか残せていなかったような気がします。 本気度もそこまで高くなかった。

 懐かしい写真があったので1枚。

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  あぁ本当に懐かしいぞ。

 7年前をつい最近のように感じる方もおられるかもしれませんが、今日そのことを知った時は「ああ、もうそんなに経ったのか」というのが正直なところ第一印象でした。東京にもこんな電車が走っていた時代がつい7年前まであったのか。

 

消えてゆく「被写体」

 そもそもぼくはなんで鉄道を追いかけていたのだろうと考えることが最近多くなりました。昔からきっかけはなんだったんですか、って聞かれても自分でもうまく答えられていなかったです。周りが好きだから、という程度の理由だったのかもしれません。

 周りの人は201系のような通勤電車が好きだっていう人もいれば、ブルートレインが好きだなんだと、人それぞれなにか本当に好きなものがあるのだなぁと感じていました。他方で、ぼくはと言えば、183系・485系とか急行色塗装・一般色塗装の国鉄気動車辺りが好きです。単純に色合いで判断していたと思います。あの辺の暖かい色の車両が好みに合致したようです。ただ、それらの存在を前から知っていたわけでもなく「撮っとかねーとやべーよ」って煽ってくる雑誌に撮影意欲を駆り立てられたのです。

 雄大な風景のなか、ポツリと写っている単行気動車はとても魅力的でした。

 ストレートをゆく雷鳥号を望遠でおさえた写真もとても魅力的でした。

 撮り鉄の原点はこの辺の教育に悪い本にデカデカと載っていた写真にあると思います。いくらそれらにあこがれても当時中学3年の自分にできることなんて限られていました。足の制約もとても大きかったですし、そもそも武器であるカメラは中古の40Dサードパーティの18-200 mm/3.5-6.3という貧弱な装備でしかなかった。いくら線路脇に立つことが叶ったとしても、この装備ではマトモな写真は到底撮れることはなかっただろうと思います。最低限白レンはあった方がいいです。

 機材や足の問題は時間が解決してくれました。

 欲しいと願ったものは時間が経てば自然と手に入れることができるんだなぁと何度も感じています。これが欲しいんだと願い続ければその手の内に収めることが出来る、諦めちゃいけないんだと学びました。

 今となってはハスキー4段や6Dをはじめ、100-400 mmの2型、その他もろもろと撮り鉄をするにはまず困ることがない機材は揃いましたし、運転免許も高校卒業までには取得しましたし、ここまで来てようやく役者が揃ったな、と思います。

 一方で重大な問題がありました。

 撮りたいと思ったものは時間が経つにつれどんどん消えていく運命だったのです。

 485系キハ52・58といった暖色系の車両もそうなのですが、流行りに乗ろうと113系EF65、EF81やDD51といった各種機関車などあらゆる分野に喰いついていました。今やそれらのほとんどが消滅したか、定期運用を失い簡単に撮れる被写体ではなくなってしまったかとなってしまいました。新しい車両が来て置き換えたケースも当然ありますが、寝台特急などは列車が廃止されておしまい、という流れになりました。時代にそぐわなくなった、というよりは夜行の需要が高速バスの台頭で客が流れてしまったのが主な要因でしょう。悲しいことです。

 

失われし「希望」

 撮りたかったものはもうすべてが風前の灯になってしまいました。

 消えてしまえばいくら欲しいと願ったところで二度と手に入ることはありません。そういうものに対しては簡単に諦めがつけられるようになった気がします。というよりも、何か一つが消えても趣味として終わってしまうようなクリティカルな問題にはなることが今までは無かったのです。次に移ればいいだけのことでした。

 ぼくの撮り鉄趣味は、最初から風前の灯でもう最後だからっていうことだったのかもしれません。置き換えられて走り始めた車両といえば俯瞰撮影してみても全く目立たない銀色の車両か、あるいは列車ごと廃止されてしまったか。もう、かつて描いた夢なんてどこにも残っていやしないのかもしれません。でも、まだ僅かに残った夢のカケラを希望に、今もまだ撮り鉄を続けているのでした。未練がましいですね。未練がましいけど、何かが一つ消える度に趣味として立ち行かなくなる可能性もそろそろ現れてきました。本当に足を洗う時がもうそこまで来ているのかもしれません。

 鉄道を使った旅行もしなくなりました。鉄道を撮るために列車に乗るというのはとても不自由な行為なのです。車に乗るようになって、これ無しにはやっていけないな思うことがたびたびあります。撮りたいものは撮れるようになりましたが、駅や車内で味わうことができる鉄道ならではの旅情は、懐かしい記憶のカケラにしかならなくなってしまいました。鉄道を追いかけていたはずなのに、気づいたら鉄道に対する興味は薄れていってしまったのです。本当に元から好きだったんだろうか。とはいえ、それらに費やした時間が無駄だったとは思っていません。今残っている写真は楽しくもあり、しんどくもあった素敵な記憶の数々です。

 それでも、 ある程度長い電車を編成写真で撮るとどんな電車でもわりかしカッコよく見えてしまうのでやめるなんて選択はないという結論に導くこともできますが、わざわざそれのためにどこか遠くへ行くということはきっと少ないと思います。

  最近、あの時あの頃に還れたらなぁって思うことが本当に多いです。悲しい。

 

 つまり、今後このブログで鉄道写真のエントリを投稿する可能性はないことはないですが、このペースだと低いと思います。期待していた方ごめんなさい。